柔らかな青に光の線を刻む—陶芸家・樽田裕史が切り拓く「蛍手」と「光の調和」
陶芸家・樽田裕史さんの作品に触れるとき、その柔らかな青に刻まれた線から漏れる光の、凛としてなお幻想的な佇まいに心を奪われます。
透かし彫りに透明釉を充填することで光を透す「蛍手(ほたるで)」という伝統技術を用いながら、自然や日常の中で感じ取ってきた一瞬の「光の美」を追求しています。

その澄み渡る美しさは、偶然と必然、そして強い探求心によって生まれた、樽田さん自身の創作の結晶です。
この記事では、樽田さんにお話を伺い、「蛍手」作品を手がけるようになった経緯や製作での苦労、これまでの経歴などについてお伝えします。
「自分が美しいと思うもの」が生み出す光の調和

樽田さんの作品の根幹にあるのは、彼自身が美しいと信じる要素の緻密な掛け合わせです。
磁器土の澄んだ白、青白磁釉の柔らかな青、彫りによる陰影。そして、光が透ける蛍手という技法。
これら一つひとつを掛け合わせることによって、自然から得たイメージと線の蛍手が調和し、美しい光を創り出す作品を目指し、制作されています。
この独自の配合と技術の追求が、彼の作品に他に類を見ない透明感と幻想的な魅力を与えています。
「光の隙間」に魅せられて始まった独自の挑戦

愛知県瀬戸市で育った樽田さんが陶芸の道に進んだのは、高校受験で窯業高校を見つけ、陶芸体験に面白さを感じたことからでした。
卒業後も専攻科に進み、その後は師匠である波多野正典氏に5年間師事し、陶芸家としての土台を築きます。
彼の代名詞である「線の蛍手」のスタイルが生まれたきっかけは、師匠との会話の中にありました。

土ものを中心とする師匠に対し、磁器ものが好きだった樽田さんは、ふと日常の中で感じていた美しさを語ります。
それは、「雲間から射す光や扉を開けたときの隙間の光がかっこよくて好きだ」という感覚。
この話を聞いた師匠から「線の蛍手は見たことがない」という一言を受け、樽田さんはすぐに、自身の好きな青白磁で「線の蛍手」を試みることを決意します。
こうして23歳のときに始まった挑戦が、樽田さんのライフワークとなったのです。
失敗を糧に磨き上げた「極める」技術
樽田さんがこのスタイルを諦めずに続けてきた背景には、技術的な困難と、それに対する強い負けん気があります。
最初の10年間は、彫った部分が釉薬で埋まらなかったり、ヒビが入ったりと失敗の連続でした。
「最初失敗ばかりで悔しかった」という思いが、彼を制作へと駆り立てる原動力となりました。

師匠から「一つのことを極めるのは大変だぞ」と教えられていた通り、その技術の習得には長い時間を要しました。
しかし、諦めずに探求を続けた結果、最近では線を斜めにしたり、幅を広げたりといった、より難易度の高い表現も自在に操れるようになったといいます。
表現に悩んだ時期もありましたが、ワーキングホリデーで訪れたヨーロッパでの経験が、大きな自信につながったそう。
現地の陶芸家たちに自身の作品を見せると高い評価を得たことで、「自分のやっていることは間違いじゃないんだ」と確かな手ごたえをつかみます。
彼の技術と表現は、国内外で高く評価され、めし碗グランプリ展最優秀賞や瀬戸市美術展大賞、さらには第16回現代茶陶展TOKI織部大賞など、数々の権威ある賞を受賞しています。

一本の線に「空間」と「自己」を込める

樽田さんの創作は、伝統技術の追求にとどまらず、常に新たな表現を探求しています。
その探求心は、新作の宝瓶(ほうひん)制作にも見られます。
道具としての使いやすさと、自分が美しいと感じる形とのバランスを、試行錯誤を重ねながら追求する姿勢。
また、アートピースの制作においては、蛍手の線が長くなり割れるリスクが高まる大作にも果敢に挑戦します。
特に彼の哲学が凝縮されているのが、《一線ノ光 抹茶碗》のような作品です。
あえて線を一本に絞り、「線が多い方が安心するけれど、あえて一本で勝負するのもいい」という強い決意を込めています。
現代美術作家ルーチョ・フォンタナの作品からインスピレーションを受け、たった一本の線で空間を表現する力強さを追求しています。
これは、機能的な制約がある器が好きだと公言しつつも、そこから脱却し、純粋な自分の表現として蛍手の技法をどう活かせるかという、現在の彼自身の最も大きなテーマを表しています。
時間の流れを器で楽しむ

樽田さんは、器を手にする人たちへのメッセージとして、「一つの作品を通して、時間の流れを楽しんでほしい」と語ります。
朝と夕方で光の色が異なり、季節によって空気感が変わるように、作品の見え方も刻一刻と変化します。
彼の器に刻まれた線と、そこから透ける光は、日常にある移ろいゆく光を美しく捉え、持つ人の時間に寄り添ってくれます。
「光の隙間」から始まり、失敗と探求を重ねてきた陶芸家・樽田裕史。
その作品は、技術の粋を極めながらも、常に「今」という時間の流れと、私たちが暮らす世界を美しく映し出しているのです。
軽量で手になじむ器は、日用品として使いやすいだけでなく、使う場所の照明や自然光によって見え方が変わるアートとして、暮らしのアクセントになります。
皆さんも樽田さんの器を通して、移りゆく季節や時間の流れを体感してみて下さい。

【樽田 裕史さんについて】
経歴
1987年 愛知県名古屋市生まれ
2007年 愛知県立瀬戸窯業高校 陶芸専攻科 修了
波多野正典氏 師事
現在 愛知県瀬戸市にて作陶中
【受賞歴】
2011年 めし碗グランプリ展 磁器部門最優秀賞
2012年 第65回 瀬戸市美術展 陶芸部門美術展大賞
2013年 第53回 日本クラフト展 入選
第6回 現代茶陶展(第10回、第11回、第13回) 入選
2014年 第10回 国際陶磁器展美濃 国際陶磁器コンペティション 入選
伊丹国際クラフト展 入選
2015年 マイヤー×信楽大賞 日本陶芸の今 -伝統と革新- 入選
2016年 Open To Art International Competition(イタリア) 入選
2021年 テーブルウェア・フェスティバル2021 online 最優秀賞
第1回日本和文化グランプリ 優秀賞
2022年 第14回 現代茶陶展 TOKI織部奨励賞
2024年 第16回 現代茶陶展 TOKI織部大賞
2024年 第20回 東京・NY友好陶芸コンテスト First Prize
公式HP:https://tarutahiroshi.wixsite.com/tarutahiroshi

